物ではなく、充実した心の贅沢を満喫しょう。 You can be rich without material possessions.(JEEエコカレンダーより)



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2011年11月21日月曜日

冷気も晴天の日は心地よい

猫も日向が好き、ストーブも大好き。寒くなっては来たが、晴天の日は猫もじっと光を浴びている。我が家の二匹の猫もこれからが冬の正念場。家の中ではストーブの上で落ち着くスタイルを模索している。








これまでのストーブが故障、新たなストーブは木で囲んであるため灯油の取り込み場所のスペースしか暖かみを直接感じるところがなく、小さなスペースでしばらくじっとしている。そのうち疲れて寝そべった。








2011年11月15日火曜日

たまには空を見上げて!!冬の空は最高のキャンバス

もはや澄み切った冬と言うべきか。
今日も夕方自然文化園を散策した。空気は昨日より冷たく、もはや冬である。今朝起きたときは2度、一番寒さが洗われる6時前は多分零下2 度位か、薄い氷が水溜りに残っていた。夕方、日が落ちるのは早い。その一瞬を切り撮った。
木の葉はもうほとんどない。数本の木 にはまだ、実をつけてやがて落ちていくのを待っている。いわば、ドライ化した秋の実りの花であろうか。青く澄み渡ったブルーに夕日が滲んだキャンバスを背景に、 菩提樹や白樺、ブナ、・・・の幹が色を染める。そんな私にとって「庭」を切り取る。人影はまったくない、そのためか一層空気が冷たい。
影が長い。今の時期は昼間がもっとも短くなってくる時期にあたる。12月、冬至までは影がますます長くなる。白樺が染まり樹木が長い影
を引き、枯れ色の芝に長い影の縞模様の絵を描く。
この時間はもはや鳥も巣に帰り、音はない。私はこの静かな整理された林を光と木と影とさまざまな私の好きな形、造、カタチをきり撮って散策をかねた撮影タイムが好きである。 白樺の木の前の直線、これは陰である。黒い陰一本一本が木々でもある。
深いブルーとオレンジや白やブルーが混純した空を見上げ、逆行で黒く光る幹がなぜかバランスが取れた造形をしている。自然は不思議である。

2011年11月14日月曜日

深まる秋の夕方から

八ヶ岳南麓の今年の秋もそろそろ終わり今年の秋も終りかと久し振りに午後4時前に自然文化園を散策した。ここでは今頃は4時も過ぎると急に寒くなる。とともに澄だ空気の中で目映いともいえる夕焼けが見られる。人影はない。木々も急に冷たくなり、樹木がピリッとして見える。まるやち湖に写る「から松」と「白樺」などが湖水に吸いこまれるように漣の中でゆれていた。浅くそこが見える湖、大きさは少し大きなため池程度であるが、深く吸い込むように静かである。この池から見る八ヶ岳が好きだと言う人は意外と多い。
私もその一人であろうか。今のシーズンとこの時間でも数台車が停車して短い秋の夕暮れを見つめる。
白樺の後ろに八ヶ岳の硫黄岳か?赤く染まり、暮れ行く山の峰を普段とは異なる山容にする。冷たく、夕日の落ちる瞬間の一時に思わず見とれる。押し寄せる寒さは不思議と忘れ、温かみすら感じるのはなぜ?

数分も停留していたであろうか、急に寒くなり、急ぎ足となった。
写真はそんな一時の深まる八ヶ岳の秋である。

















秋深しペンションの白熱灯色が似合う

節電へLEDに移行。秋が深まり朝晩の寒暖差が大きくなってくると、夕方からの白熱灯の色がいかにも暖かく感じる。「森のcradle〔クレードル〕」もストーブが入り食堂もリビングもほんわり暖かい。炎の色それは癒しの色であろう、今ペンションもLEDに変えつつある。白熱灯色がもしなければ、この暖か感はできていない。
最近は照明を少し考え、庭で集めた枯れ木や植物に照明をあて影の造形美を工夫している。
でも、私は、夜、外から眺めたペンションの景色が好きである。









リビングと食堂

2011年11月9日水曜日

薄氷3回、今年の冬は・・・

早くも三回、明日も氷点下の予報。 今年は10月中旬に、二度程大きく冷え込み、氷が張った。11月に入り昨夜、そして今夜も零下になりそうで、明日で今年4回目の氷をみることになりそうである。




このあたりも、20年前から比べるとかなり温暖化し、零下15度とか20度になるのは最近はまれであるとの事。ここでの私の経験は零下15度が一度だけである。零下5度、8度などは日常であるが。
猫が意外と寒くとも外に出たがる。猫は寒さに弱い。冬はコタツに丸くなると言うが、裸足で雪氷を結構長い間歩き回っている。

2011年11月4日金曜日

八ヶ岳連峰一望の場所

杖突峠から八ヶ岳を望む。



秋の心地よい日知人と彼が管理する森林観察に出かける。途中、峠の茶屋から八ヶ岳連峰が一望できる。ここは諏訪湖から南麓まで八ヶ岳展望の最適地と言えるかもしれない。この峠は高遠方面に行く人々で適度に賑わっているが、観光客はあまり知らないのではないであろうか。











2011年10月31日月曜日

白駒池も冬の眠りへ

深みあるブルーに。茶臼山と丸山の間を東西に走るR299号、通称


メルヘン街道の茅野と八千穂との中間あたり麦草峠から歩くこと1時間のところに白駒池はある。
ペンションの来客の刺激と陽気につられて久し振りに紅葉を見に出かけた。
この池は私の知人たちも昔を懐かしんだり、散策に手ごろと訪れているところである。すでに、紅葉は終わっていたが、人もそこそこで池は静かに深まる秋を湖面に映し出し、冬を待つ風情 であった。驚きは70歳は過ぎようかと言う女性二人や「40年前以来に訪れた」と多くの高齢者がここを拠点にハイキングしている姿である。標高2000メータは朝晩は冬である。小屋の主人は朝晩薄氷が張り、11月初めにに小屋も閉鎖の予定とか。池はより深い静寂に入り、来春を待つのである。白駒池はじっと湖面を見ているだけで心が洗われる場所のひとつである。



















2011年10月30日日曜日

夕花が輝く一瞬。

枯葉も夕映え。枯葉の秋ではあるが、夕日に浮かぶ枯葉は進化した別の花のように輝き、一つ一つが美しい。夕日は来る冬を迎えに行こうとしている花や葉を新しい花のように装い、美しい造形を作り出してくれる。


もう1週間もしない内に落ちてしまう、この夕日が作り出したひと時の花、私は「夕花」と呼ぼう。
明日には霜で白く染まり冬花に変わるかも知れない。初氷はすでに合った。
日は5時には落ちて。咲いた夕花も一瞬である。
今は5時にもなれば暗闇の世界に入る。八ヶ岳の麓の秋は日が落ちるのが早い。
でも、枯葉の音色を聞きながら、一杯の水割りの楽しみがある。まだ10月と言うのに、暖炉の火が早い夕暮れとともにスコッチの香りを思い出させる。今日は一人久し振りの水割りを傾けた。

先週の初め旧知の友来る。突然であった。久し振りに学生時代の友達が夫妻で訪れてくれた。長い間連絡していなかった友であるが、「友とは長い間音信なくとも、昨日にも会ったが如く会話が弾むもの」と悟りし。お互い歳を取ったものと、会話が切れない。秋は風にこのように、引き合わせ、人生を語らせる季節であるのかもしれない。

友は午後に入る前に「来年またくる」と次の目的地に向かった。ありがとう。

        (参考:すべての写真は画面上でクリックして見てください。)

静寂な紅葉を感じ取り・・・

装いの秋。四季をあらわす言葉で「装いの秋」という表現があるらしい。我が家の近辺はまさに紅や黄色やまだ変化のない緑などなどで自然は装っている。



コナラ林に出かけ、間伐する予定の林に入ると、木々が光に輝らされ、紅葉の内懐と外からの両面から樹木の心地よさと香り、風を感じ取ることができる。
知人のI氏の誘いで一日写真のようなコナラ林を歩く機会を得た。 樹木との静かな会話である。時折枯葉がスーと落ちる。音がするでもないが何かが聞き取れる。なくした物、忘れていた物が再び手に入ったここちである。
暗闇の世界に入ると、退化しつつあるもの、当たり前になっている「耳」や「鼻」や「皮膚」など五感が磨かれ、ふとその存在をあらためて感じると言う。自然の懐の中は感性を磨く最大のツールである。